-滞在記- 若手研究者等フェローシップ( 2021 年度)

2021年9月

一年二か月ぶりに到着したモスクワは、以前よりも街の整備が進んでいるように見えた。地下鉄車両の半分以上は真新しく、清潔そのもの。また所属先であるモスクワ音楽院でも、長く続いていた改修工事がほぼ終わりに差し掛かり、内装や教室の配置がずいぶんと変わっていた。PCR検査や滞在登録等の必要最低限の手続きを済ませ、無事にモスクワ入りしたことを指導教授であるエレーナ・ボリソヴナに電話で報告すると、「まずは13日に、ボリショイザールで会いましょう」と言われた。
チャイコフスキー記念国立モスクワ音楽院は、今年で創立155周年を迎える。9月13日はその記念式典が予定されており、私とエレーナ・ボリソヴナはそこで一年越しの再会を果たすこととなった。

開会直後にロシア国歌合唱が演奏された。

実のところ、音楽家を夢見た幼き日には――いやほんの数年前でさえも、「モスクワ音楽院」とは遥か遠い響きの言葉であり、自分がそこに身を置き研究活動をすることは想像すらしていなかった。式典の最中ふと、7年前の出来事に思いを馳せる。2014年の春、生まれて初めての海外旅行でモスクワを訪れた。当時修士課程の院生で、すでにメトネルの作品に魅せられどっぷりハマっていた私は、彼の生まれた街と母校をこの目で見てみたいと思ったのだ。観光の2、3日目あたりだっただろうか。地図が上手く読めず道に迷い、予約していたコンサートに遅刻した。このとき、たったひとこと「次の曲から入場させてください」とでも言えれば問題はなかったはずだ。しかしまだロシア語が全く聞けず話せなかった私は、無言で突っ立ってしまい、怪しまれてしまったのかホールを追い出されてしまった。そのときのホールこそが、このモスクワ音楽院のボリショイザール(大ホール)だ。

ほろ苦く可笑しい思い出に浸っていると、隣に座るエレーナ・ボリソヴナが「モモ、モスクワにお帰りなさい。この美しいホールをよく見なさい、これが私たちのアルマ・マートル(母校)よ」と言ってほほ笑んだ。

モスクワ音楽院を代表する各専攻の卒業生たちが演奏を披露。
ピアノ科からは、2019年第16回チャイコフスキー国際コンクール第3位
受賞のコンスタンチン・エミリヤーノフ。

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