-滞在記- 若手研究者等フェローシップ( 2010 年度)

小林昭菜

2011年7月

私は2010年11月よりモスクワにあるロシア科学アカデミー東洋学研究所に所属しながら研究を行っています。科学アカデミー東洋学研究所は、190年以上の歴史があり、文字通り、東洋学を研究する研究者が集まっています。研究所は、モスクワの中心地クズネツキーモスト駅から徒歩5分の場所にあり、3階建の大きく古い建物はとても荘厳な雰囲気が漂い、毎回足を踏み入れる度に身が引き締まります。実は、大学時代にも私はこの東洋学研究所でお世話になっています。2002年9月から2003年3月まで、初めてのロシア語語学留学を経験したのがこの研究所でした。その後、修士課程在籍中も派遣研究員として計3ヵ月東洋学研究所を訪れています。

私の研究生活は、アルヒーフ(公文書館)や図書館での史料収集がほとんどですが、この孤独な研究生活は、東洋学研究所の先生方に支えられながら進行しています。東洋学研究所の日本学の先生方はとても親切で、研究やロシアの生活のことなど、いつも様々なアドバイスを下さいます。3月12日の東日本大震災の際は、すぐに何人もの先生がわざわざ私に電話をかけ、家族や友人の安否を気遣ってくれるなど、心温まる出来事もありました。私は日本人捕虜問題の専門家であるエレーナ・カタソノワ先生を指導教授として、研究に励んでいます。彼女の熱心な指導は、毎回刺激と更なるやる気をもたらしてくれます。

このように、良い研究環境に恵まれたモスクワ生活ですが、残念ながら、私は東洋学研究所にて同世代のロシア人若手研究者と接触する機会がほとんどありませんでした。そこで、研究所の所長エリゲーナ・モロジャコワ先生から東洋学研究所で働く若手研究者をご紹介いただき、インタビューを行いました。今回の接触でこだわった点は、日本を研究対象としていない若手研究員です。なぜなら、日本学の研究者は、若手ではないですが、すでに東洋学研究所で日々接触しています。また日本を研究対象とするロシア人からの意見は、将来聞く機会があると思い、日本学ではない分野の若手研究員インタビューを選びました。さっそく、日本に関する率直な意見、そしてロシアの若手研究員の研究に対する姿勢を紹介したいと思います。

エリゲーナ・モロジャコワ所長と
アレクサンドル・ワシーレフさん

アレクサンドル・ワシーレフ(28)さんは、
モスクワ生まれモスクワ育ち。2007年に大学院を卒業し、東洋学研究所で働き始めて現在4年目となります。

―まず、あなたのテーマについて教えてください。―
私のテーマは、中央アジア、トルコの歴史です。18世紀初頭から20世紀のオスマン帝国と中央アジアについて博士論文を書きました。現在の研究テーマは「中央アジアとコーカサスにおけるオスマンの外交政策の試み」です。

―中央アジアやトルコを研究しているワシーレフさんにとってロシアにおける日本の役割についてどう思いますか?―
私は日本学の専門家ではないので、自分のテーマに沿って答えますが、ソ連時代の中央アジアにおける日本の役割は興味深いです。現在も、中央アジアにおける日本の役割はとても重要だと思います。 また、私の研究の大きな興味は、20世紀初頭にはじまったタタール人の民族運動、これはイスラム運動なのですが、日本で鈴木董が研究しています。

―日本は中央アジアに経済的援助や技術協力を行っていますからね。―
 そうですね。その影響はいまも大きいと思います。

―ロシア国内における日本の役割はどう思いますか?―
 ロシア人は日本について考えるとき、日中関係に注目していると思います。

―それは、日ロ関係よりも日中関係が重要と考えているということでしょうか?―
そうです。中国はロシアとの関係が日本より良いと思いますので、ロシアは日本が中国とどのように関わるのかについて注目していると思います。もちろん、日本の技術進歩にも興味を持っていますが、日中の石油、ガス、天然資源の問題をどう解決するのか、ロシアは知りたいと思います。 (※この回答は、日中の東シナ海ガス田問題について話していると思われる。) ところで、トルコでは最近韓国のテクノロジーが市場に拡大している傾向にありますが、なぜ素晴らしい技術を持つ日本の製品はトルコで広がらないのか疑問に思います。なぜだと思いますか?

―日本の製品がトルコでなぜ人気がないのか事実は分かりませんが、世界へ商品を流通させるマーケティングがうまくいっていないのかもしれません。

―ワシーレフさんの研究の将来像や目指す研究者像を教えてください。
 私は一つの分野にこだわるのではなく、経済・歴史・政治学などを盛り込んだ研究が必要だと考えています。現在の私の研究は歴史的視点が少ないし、さらに政治的視点からも研究する必要があると思っています。そして、小さなテーマ、小さなリサーチ分野から広げていく手法も大事だと思います。私の研究分野でいうと、18世紀のトルコの田舎についても書いていくということです。

―グローバリゼーションはロシアの研究環境にどのように影響していると思いますか?
ソ連時代は研究所条件が複雑だったようですが、現在はヨーロッパと同じようにグローバリゼーション化していると思います。トルコでは交換留学制度もありますし、公文書館も利用できます。

―ソ連時代と比べて研究環境が整備されて、自由な研究ができるようになったということでしょうか?
 そうです。奨学金制度や交換留学制度の利用が可能となったことは、とても大きい変化だと思います。

―目指す研究者像はありますか?例えば、○○のような研究者になりたいといった希望などはありますか?
特にありませんが、周りと良い関係を築いていくことも大事な研究です。給料が少ないことは少し不満ですが。

―今日はどうもありがとうございました。率直な意見が聞けて良かったです。

 

日本学の学者ではないので、うまく答えられたかわかりませんが、ありがとうございました。

おわりに: アレクサンドル・ワシーレフさんとのインタビューで分かったことは、ロシアにとって日本はまだまだ近くて遠い隣国の位置にいるのではないか、ということである。特にロシアにおける日本の役割について質問した時、ワシーレフさんはロシアが日ロ関係ではなく、日中関係に興味を持っていると回答したことに、私は驚きました。インタビュー前の予想では、日本のテクノロジーや経済に関する回答が得られるものと思っていたからです。これは、私が研究してきた日ロ(日ソ)関係の盲点でもありました。ロシアを研究対象とする者として、日ロ関係だけではないロシアに、もっと注目する必要があることに気付きました。さらに、ワシーレフさんとのインタビューを通して、中央アジアでの日本の活動は、研究者の視点から一定の評価があることは大変嬉しく思いました。中央アジアの人々は、日本人に対して友好的感情を持っているようで、それは中央アジアのウズベキスタンで戦後の日本人捕虜の墓地が現在も現地の方々の手できれいに整備されていることからも裏付けられると思います。

最後に、このインタビューは短いものでしたが、ロシアの政治情勢、ロシアの利益にとって重要なことは何かを考え、幅広い視点で史料を読み研究することの重要性を知れた機会となりました。また、小さなテーマから研究する心得を忘れないことは、日本人捕虜問題を研究している私にも共通する部分であり、ワシーレフさんの回答は改めてその重要さを教えてくれました。

日露青年交流センター Japan Russia Youth Exchange Center
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