-滞在記- 若手研究者等フェローシップ( 2012 年度)

第4回国際シンポジウム「世界文化のコンテキストにおけるロシア文学」    木寺 律子

2012年12月14~18日にモスクワ郊外のウスペンスコエで開催されたドストエフスキー基金の第4回国際シンポジウム「世界文化のコンテキストにおけるロシア文学」 IV Международный симпозиум «Русская словесность в мировом культурном контексте»に参加した。著著なドストエフスキー研究者イーゴリ・ヴォルギン氏主催の学会である。

イーゴリ・ヴォルギン氏

学会はロシア文学全般を扱うもので、現代文学やL.N.トルストイについての発表もあったが、最も多かったのはドストエフスキー文学関連の発表であった。文学理論を専攻する研究者による、ロシア文学に限らないより広い視点からの研究発表もあった。発表者の数が非常に多く、口頭報告はいくつものセクションに分かれていたため、すべてを聴講することはできなかったが、さまざまな口頭報告を聞き、多くの研究者と交流することができた。

学会の参加者はロシア人が最も多かったが、旧ソ連諸国、欧米やアジアの様々な国からの参加者もいた。海外からの参加者は、海外在住でロシア文学研究をしているロシア系の研究者もいれば、その国にもともと住んでいる非ロシア人の研究者もいる。私は最近、ロシア国外におけるロシア文学研究の動向に関心を持っているため、海外の研究者の発表に注意して聴講するように努めた。海外からの参加者は、自国の文学とロシア文学を比較文学的に研究し、ロシアや世界のロシア文学研究者に自国の文学を紹介するという手法を取ることが多い。自国におけるロシア文学研究の歴史や、ロシア本国における研究とは異なる自国の研究の動向の紹介などもなされ、比較文学の方法論について参加者同士で意見交換する場もあった。日本で「比較文学」と聞くと、ロシア文学とドイツ文学の比較や、ロシア文学とフランス文学との比較、日本文学へのロシア文学の影響の研究などを思い浮かべる人が多いであろうが、この学会ではそういった国の文学の比較研究だけではなく、ウズベキスタン文学などの旧ソ連諸国の文学とロシア文学の比較、タタール文学などのロシア国内の少数民族の文学とロシア文学の比較なども扱われていた点が興味深かった。

私の発表題目は「ドストエフスキー文学における『コムイルフォー』」«Комильфо» в произведениях Ф.М. Достоевскогоで、16日に口頭報告を行った。L.N.トルストイの『青年時代』の中におけるコムイルフォーの概念が有名であるが、これとの比較を意識しながらF.M.ドストエフスキーのコムイルフォーの概念を考察し、特にドストエフスキーの『おじさんの夢』においてコムイルフォーが作品の喜劇的な要素を作る重要なものであることを指摘した。私の発表はおおむね好評で、大勢のロシア人研究者から様々な助言をもらえた。


学会は保養施設「ルブリョーヴォ・ウスペンスキー」«Рублево-Успенский»で開催され、参加者も皆同じ保養施設の2棟(«Сосны»と«Петрово-Дальнее»)に分かれて滞在し、建物の間はバスが運行された。学会は真冬に開催されたので、私の滞在中は宿舎の外にはモスクワ川の上流と雪野原が広がっているばかりであったが、夏場ならアウトドアが楽しめるような場所である。 この辺りの土地はルブリョーフカと呼びならわされており、モスクワ在住の裕福な人が郊外に大きな邸宅を構える場所として知られている。実際、モスクワ市内の地下鉄モロジョージュナヤ駅からバスで学会会場に向かう途中には、そういった邸宅がたくさん見られた。最近のロシアではイギリス風邸宅が流行で、煙突やバルコニーのついた家が多く建っている。

お正月が近いということで、町中でも学会開催用のホールでもクリスマスツリーが多く飾られていた。もっとも、最近ではロシアでも欧米と同じように、本物のモミの木ではなくプラスティック製のモミの木を飾るようになってきている。モミの木に付ける飾りもロシア風の伝統的な飾りつけではなく、西欧風の飾りつけが多くなってきている。

学会の開会式ではコンサートもあり、バッハやモーツァルトがバイオリンで演奏された。学会開催中は毎晩のように催し物があり、映画の上映や詩人たちによる詩の朗読会もあった。閉会式では、イーゴリ・ヴォルギン氏が、最近のロシアでは人文科学系の学問に対する財政的援助が減額されてきていて、4回目を迎えたこの学会も毎年のように規模が縮小されてきていることに言及した。人文科学系の学問に対する関心の低下が世界的なレベルで進んでいるが、人文科学の重要性を今後も訴えていかなくてはならないこと、とはいえ古典文化のみではなくサブカルチャーの価値も認めていくべきであることなどについて、活発な意見交換が行われた。

日露青年交流センター Japan Russia Youth Exchange Center
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