日露修好150周年記念回航事業 【参加者の声】

国立現代芸術センター・サンクトペテルブルク支部上級研究員
リンマ・レミシェフスカヤ

※左から2人目がレミシェフスカヤ

2005年6月26日から7月8日まで、船旅を通して両国間のこれからの相互理解のために努力を結集する必要性があることを認識するという珍しい機会が、日露青年交流センターから日本とロシアの青年代表に提供されました。これはまた、サンクトペテルブルクとクロンシュタットからの参加者にとっては下田への日本航路をクロンシュタット港から始めたフリゲート艦ディアナ号の航海ゆかりの地を訪れるというチャンスでもありました。ディアナ号の水兵が眠る墓に接して、法要の中で、異国で亡くなり、永遠にそこに残された者の記憶が呼び覚まされました。この任務を可能にして下さったすべての人に心より感謝します。

クロンシュタットはバルチック海の港町であり、要塞都市であり、ロシア艦隊のシンボルで、ここから世界へ漕ぎ出し、そして遂行した任務を携えて帰還する航海者が見るロシアの地として最初の小島です。150年前、ロシアの航海者であり、提督であり、外交官であり、地理学者であるエヴフィミー・ヴァシリエヴィチ・プチャーチンは、ニコライ一世の命により日本へ向け、クロンシュタット港からフリゲート艦ディアナ号で出航しました。日本側の幕府大目付筒井政憲と勘定奉行川路聖謨、ロシア側のプチャーチン提督によって大変な交渉が重ねられた結果、1855年に下田で日魯通好条約が調印されました。遠い昔に敷かれたこの相互理解と信頼と友好の原則は、今後もずっと露日関係の基礎となっていくでしょう。国際基金「クロンシュタット300年−聖地復興」は、記念すべき2005年の夏に日本を訪れたクロンシュタットとサンクトペテルブルクの青年代表の貴重な経験を、芸術を通して一つにまとめることを決めました。芸術は、すべての民族が本来持っている平和認識の一形式です。そして、さらに150年後、私たちの子孫に、日本文化に対する自分の意見と先人たちの意見を比べ合わせ、心臓をどきどきさせながら、この芸術プロジェクトに集められた歴史のページをめくらせましょう。

国際的芸術プロジェクト「上空10,000m−水深3,600m」には、学生3名、ジャーナリスト2名、監督、芸術評論家の日出る国に関する考察と、上空10,000mでのロシア全土横断と素晴らしい白いディーゼル船、夢の「ルーシ」号による水深3,600mの太平洋と日本海横断の旅に関する考察が紹介される予定です。それは、サイン入り銅版画や水彩画の入った二つとない手製の本「日本の花」であり、映画であり、ヨーロッパ・リアリズムの伝統的手法による日本の島々の民話の風景の水彩画シリーズ「日本。梅雨」です。

日露修好150周年記念回航事業のロシア側参加者は、何でも吸収しようと務め、そして各々が忘れられない経験をしました。一つにまとめられるユニークな創作報告書は、将来の日露関係構築にとって新しい1ページとなるでしょう。

2005年7月7日、クロンシュタットでは露日間の友好関係確立150周年を祝して、記念碑の除幕式が行われました。式には日本から斉藤斗志二議員を含む50名の公式代表団とヴァレンチナ・マトヴィエンコ・サンクトペテルブルク市長、ヴィクトル・ネフョードフ・ロシア国会院議員、ヴィクトル・スリコフ・クロンシュタット区長、日本人船員、市民が参加しました。