日露修好150周年記念回航事業 【参加者の声】

下田市 稲葉元紀

私がこの事業に参加したのは、自身の仕事の関係で日露交流に関わる歴史を学んだのがきっかけだった。プチャーチンの来航、津波襲来によるディアナ号の沈没、ヘダ号の建造、そして日露修好条約の締結、150年前の出来事はどれも劇的なものであり、その出来事が自分の住む地域で起こったことだというのがとても不思議に感じられた。他の参加者の皆さんのように格段の意気込があったわけでなく、この旅をつうじて自分が今まで見聞してきた日露交流の歴史、150年前の出来事に対して少しでも新たな見識を持てればというのが動機であった。したがって実際に自分の目で見る前に抱いていた今現在のロシアというのは、とても不明確であいまいとしたものでしかない。金髪で鼻の高いクールなロシア人、荒涼とした町並み、社会主義のなごり・・・。自分の想像力の貧困さを情けなく思うばかりだが、これ以上パッと頭に浮かぶものはなかった。

正直なところ、我々が訪れたウラジオストクの街並みは、決して華やかとはいえなかった。街を駆け抜けるのは、日本製の中古車ばかりで、生産された国では見られないほどボロボロになったものも少なくない。訪れた売店も内装や商品の取扱など、日本のそれに比べると、やはり物足りなさが残った。ただし、私がこの旅で出会ったロシア人は、私のイメージとはかなり違っていた。外観は、髪の色も様々でアジア系の風貌の方も多くいた。内面的にも勉強熱心で、あたたかく、交流することにとても積極的な人たちであった。事業内の学生会議では、日露交流に対して積極的に意見を出し、船内での文化紹介でも、日本文化を学びたいという好奇心に満ちていた。そして何より素晴らしいロシア芸術を披露してくれた。ダンスにしろ演奏にしろ、自国の文化に誇りを持ち、自信を持ってパフォーマンスしてくれた。


沿海地方副知事表敬にて


今回の旅をとおして相手国を、相手の文化を、そして相手自身を知るには、実際に会って話をすること、コミュニケーションを取ること、交流を深めること以外ありえないということがわかった。隣国であり大国同士でありながら、韓国や中国に比べ、情報・交流が極端に少ないロシアとは、もっと互いを知る機会を作るべきである。日露修好150周年の節目の年に行なわれたこの事業が日露交流のあらたな契機になること、また今回参加した日露学生の皆さんの手によって作られた「将来への提言」が、日露の新しい友好の歴史を作っていくことを期待したい。


園児より花束の贈呈
(下田市歓迎セレモニーにて)