日露青年招聘・派遣事業

日露青年交流事業
ソチ五輪ボランティアグループ派遣プログラム
平成24年3月7日~3月16日

2014年のソチ五輪が開催されることになったロシアでは、国中がオリンピックムードに包まれています。実際に現場で活躍するボランティアたちを統括するために国内26大学に設置されたボランティアセンターでは、ボランティア研修などが行われています。今回派遣した日本ロシア学生交流会の5名の学生たちは、日本にはあまりなじみのないハンティマンシスク市のユグラ大学ボランティアセンターを訪れ、その活動の参加、日本の紹介などを通して、相互理解に努めました。

●概要
期間:2012年3月7日—16日
場所:ロシア連邦・ハンティマンシ自治管区 ハンティマンシスク市
参加者:ロシア人40名程度
日本ロシア学生交流会メンバー(東京大学1年 吉野太基、上智大学2年 吉本侑加、東京外国語大学2年 鷲尾幸代子、東京外国語大学2年 志賀裕文、上智大学2年 佐藤まり恵)

成田からモスクワ、エカテリンブルグを経由し、8日の21時頃に派遣先のハンティマンシスクの空港に到着。16日早朝にハンティマンシスク空港を発つまで、ユグラ大学の学生寮に滞在しました。部屋は2人部屋が基本で、必要に応じてエキストラベッドを用いて3人部屋として使用しました。各部屋には、シャワー、トイレ、洗面所、テレビ、2口電熱器を備えたキッチンと冷蔵庫が完備され、非常に快適でした。パネルヒーターによる暖房のおかげで室内は常に暖かかったです。

期間中に参加したプログラム

1.
ユグラ大学に附設された、体育館、水泳プール、トレーニング施設のほか、ボランティアセンターが一つの建物内に集結している複合競技施設の見学。
2.
ユグラ大学ボランティアセンターの活動の歴史や現在の活動についてのプレゼンテーション(英語)。西シベリアでのボランティア活動の拠点であることが伺えた。
3.
ユグラ大学のボランティアセンターに所属するボランティアたちへの英語レッスン
4.
スキー場«Urman»を訪問。リフト、ゴンドラ等の設備は最新のものが使われ、豊かな財政状況が垣間見える。リフト券は、250RUBと手頃。

日本側のプレゼンテーション

5.
市内見学では、ロシア正教会の教会、マンモス像が多数展示された屋外の公園を訪れた。博物館では、ユグラ地域の人類史を学んだ。
6.
バイアスロン競技場を見学。選手の滞在施設が併設され、綺麗な会場であった。
7.
日本側学生のプレゼンテーション
学生と教師を対象に、今回の訪問の経緯や意義、日本ロシア学生交流会や日露青年交流センターの活動、さらに日本の四季や文化を紹介した。ユグラ大学で一番大きな講堂で行われ、TVを始めとするメディアも集まり、当会の参加者がインタビューを受けた。
8.
オリンピックレッスン
ボランティアセンター所属学生とともに、オリンピックの意義や役割についての講義を受けた。
9.
バイアスロンワールドカップの開会式に参加壮大な演出で、満場の会場は熱気に包まれた。ハンティマンシ自治管区の知事が冒頭で挨拶を行った。

学生寮での交流の様子

市内見学では、美術館や博物館・原住民の生活を展示した場所を訪れ、ハンティマンシスクの歴史を学びました。アイヌ族がかつてここに住んでいたと考えられていることや、ハンティ族やマンシ族の生活の様子をガイドさんの案内ともに学び、彼らの知恵や工夫をこらした暮らしぶりが非常に興味深いものでした。

交流部分では、実際にバイアスロンのボランティアとして訪れていたロシア各地から集まった学生達と、ディスカッションの時以外でも、寮で互いの母国の料理(ロシア側はボルシチ・ぺリメニ、日本側は巻き寿司)を共に料理しながら歌ったり食べたり、街中を共に散歩したりするなかで、様々なことを語り合うことができました。食文化からロシアでの大統領選挙に至るまで、話題は多様でしたがその中で強く感じたのがよく言われている“ロシアがこれからの国である”ということでした。

眼下に広がる施設や高層マンションのある広々とした敷地がつい10年前は何もない更地であったことや、この街にある唯一の国立大学も創立10年目であることに驚くと同時に、日本で今このようなことがあるだろうかと考えられずにはいられず、かつて幾度かテレビで見た白黒の映像が思い出されました。郊外に高層のアパートを凄まじい勢いで建ててゆき、都市開発を進め、学生運動など、人々が情熱的に活動する私の知らない昔の日本の姿が、私がみている今のロシアと重なった気がするのです。

今回のロシア人との交流で一番話題になったことは、大統領選直後でもあり、ロシア大統領選挙及びロシアの政治に関するものでした。プーチンへの賛否は全く人それぞれで、結局中産階級が主に反対しているということくらいしかわからなかったのですが、政治に対する熱い思いを抱いている青年が、官僚の汚職の無いクリーンな政治を築くことが夢で、大統領になりたいと語っていました。ソ連時代の様子はわかりかねますが、きっとそれを50年前に言っていたら彼は危ないでしょうし、そういう事を大声で言っても大丈夫で、それを志そうとする青年がロシアの大学に実際にいるということがとても嬉しかったと共に、この国はこれから益々面白くなっていくのではと期待してしまいました。

折り紙を教える様子

天候にも恵まれ、雪に包まれたその街並みにはただ感動するばかりでした。とにかく自然が素晴らしく、太陽に照らされた白樺と雪はこれまでに見たことのない美しさ。街の中心に位置する大きなツリーと氷のオブジェと滑り台には圧倒されました。近くにある教会も見どころの一つでした。ハンティマンシスクは、ここ数年でかなりの発展を遂げたと聞いただけあって、建物など街並みが近代的でしたが、この教会を目にするたびに、ここはロシアなのだということを感じずにはいられませんでした。人もとても親切で自然も最高、ただ感動するばかりで、すぐにこの街に魅了されました。

私がここで感じたのは2014年のオリンピックの開催に向けて彼らの期待の高まりがすごいということでした。ボランティアの多くは学生でしたが、活動に参加している元気なおばあさんたちもいました。私たちは日本についてプレゼンし、折り紙をして日本を紹介しました。みんなとても興味を持ってくれました。

私たちが滞在した期間、サンクトペテルブルクから、「65歳以上のシルバーボランティアグループ」が、同じくハンティマンシスクに来ていました。体力的にもボランティア活動の幅がどうしても狭まってしまうが、家から社会に出るために自分たちに何ができるか模索していました。

ハンティマンシスクという地名は日本ではあまり知られていないため、現地を訪れる日本人は非常に少なく、ほとんどの方が私たちに興味を持ってくれました。SNSサイト(Facebook、vcontacte)などを活用し、個人同士で連絡を取り合って、彼らを日本に招いたり、自分たちがまた訪ロしたりと次の活動につなげていきたいと思います。

13日にボランティアセンターで、現地中学生の英語レッスンに参加しました。プログラムは全部で3つあり、12人の人と代わる代わる一対一でフリートーク、日本で言う「フルーツバスケット」のようなものと、ジェスチャーゲームでした。英語の得意な大学生やセンター職員も多く参加するため、子供たちも吸収するものが多いと思いました。自分より6つも7つも年下の子供たちが流暢に、しかも物おじせず堂々と英語を話していたのには驚きました。オリンピックには、私たちのような母国語では意思疎通できない外国人も参加しますが、英語が主な使用言語になるため、ボランティアセンターでは、定期的にこのような英語教育を行っています。このレッスンに参加して、日本にはこのような開かれた英語の学習機会が少ないと感じました。自分を含め、日本の英語学習では読み書きが中心で、会話は苦手という人が多い。このような機会を増やすボランティア活動もあるのだなと、新しいボランティア活動を学びました。

ユグラ国立大学では、このボランティアプロジェクトの概要の発表を聴講しました。このボランティアのために、国内の各地からこの町に学生が集まっているらしく、彼らのボランティアに対する並々ならぬやる気と情熱に満ちていました。

彼らの多くにとって外国人というのはやはり非常に珍しいらしく、多くの人々が、不思議なまなざしを向けながらも、何もわからない私たちにいつでもありのままに元気に接してくれました。彼らの勢いのあるエネルギーが、異国で過ごす自分たちにも少なからず原動力となってくれました。彼らへの感謝は尽きません。

滞在最終日には、バイアスロンカップのオープニングセレモニーを見学しました。この寒い中、多くの人々がセレモニーに集い、熱狂的なムードの中セレモニーを祝っていたのが印象的でした。半ばサーカスのようにもとれた素晴らしいパフォーマンスで観客を虜にしていたこのセレモニー、ロシア国内のみならず、諸外国にも報道されたらしく、本当に圧倒された出来事でした。


【プログラムを終えて】
●今回の滞在では、多くのロシアの魅力を吸収し、多くの日本文化をロシア人に広めることができました。他方、自身のロシア語力の不足も感じ、努力を続けなければならないことを痛感しました。ただ、十分な語学力がなくとも、コミュニケーションをとりたいという意思さえあれば、相手も理解しようと努めるし、結果的に通じ合うものが出てくる。そのような態度で接してくれた現地の人々の温かさを改めて感じることもできました。これでつながりを途絶えさせたくはない、彼らとの交流をこれからも積極的に行っていきたいと思えた今回の訪問でした。
●ハンティマンシスクの人は、本当に親切で、この自然の美しさは言葉では表わせないほどでした。今回のプログラムを通して思ったのは、改めて私はロシアが好きだということです。もっとロシアがどういう国なのかロシア人がどういう人たちなのか理解したいと思いました。ロシアについてあまりよく知らない人たちは、ロシアを勉強しているというと、なぜロシア?とあまりよい反応を示さない人が多い。ロシアはなんか怖いというイメージがあるらしい。どこからそのイメージがくるのだろうか。マスコミだろうか、教育だろうか。私は今回でロシアに行くのが二回目ですが、今回は前回のモスクワ、ぺテルブルクとは違った印象を持ちました。やはり広大なロシア。まだまだ知らないロシアをもっと知りたいし、ロシアについて知らない日本人に少しでも本当のロシアを知ってもらうよう努めたいと思います。
●今回の滞在を通じ、私たちがロシアの方々に何か与えたとすれば、英語のレッスンと青年達との交流くらいで、それがどれだけ価値のあるものかは正直わかりませんが、私たち日本人5人がこの8日間にロシアで得たものというのは8日間とは思えないほど濃く印象深いもので、一生忘れられないと思います。ロシアの未来や日本の未来、ロシアの学生達、そして自分たちに関して生々しくそしてじっくりと考えるこの貴重な8日間が得られた幸せに心から感謝しております。
●ロシア語を専攻する学生たちでさえ知らないような西シベリアの土地を訪問することに何の意味が有るのか、と問われれば今ならきっとこう答えるであろう。「日本人が知らない土地であっても、あるいはロシア人すら知らない場所であっても、そこにはそこの土地固有の生活を送る人たちがいるのであって、我々の知らないところにひっそりと存在する文化が確かにあるのだということを知ることができる。それこそが一番大きな意味ではないだろうか」と。そして、それと同時に、日本にも確かに人が住んでいて、その中にはこういう人々を内包するのだ、ということを示すことも重要な役割であると考える。
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