日露青年招聘・派遣事業

若手書道家グループ派遣プログラム
2012年3月22日~3月30日


書道家・岡本光平氏を団長として、日本人若手書道家11名がハバロフスクを訪問し、ハバロフスクの博物館職員、大学生および一般市民と書道や拓本作業を通じて交流を行いました。日程は以下の通りです。


3月22日  日本発

3月23日  ウラジオストク経由ハバロフスク着

3月24日  岡本団長による書道講演会・デモンストレーション、書道交流会

3月25日  拓本作業(キア川岩画群第1地点)

3月26日  ハバロフスク総領事館訪問、拓本作業(シェレメチェヴォ村岩画群第1地点)

3月27日  拓本作業(シェレメチェヴォ村岩画群第2地点)

3月28日  拓本作業(シカチ・アリャン村岩画群第1地点)

3月29日  拓本作業(シカチ・アリャン村岩画群第2地点)

3月30日  日本語履修学生との意見交換、書道交流会、ウラジオストク発日本着


以下、今回のプログラムに参加した3名からの報告です。


●笠岡 紀和さん(東京大学大学院新領域創成科学研究科 修士2年)

ロシア訪問の前、私はロシアの有名な文学作家・物理学者を思い浮かべることができても、人々の生活の面で思い当たる節といえばウォッカ・ボルシチ位しかありませんでした。それは私だけでなく周りの同世代も同じで、どちらかというとマイナスのイメージを持っている人が多いようです。その理由は冷戦時代を経験した親世代の印象が受け継がれたためかもしれません。

しかし、私はこのプログラムを通じてロシア人と交流しロシアの生活を体験した結果、その先入観を覆され、ロシアの方々は温和で楽しく生活されているというプラスの印象に変わりました。そのプログラムとはハバロフスクで一般の方を対象にした書家の岡本先生による漢字の講演と書道を体験してもらうというものです。

3月24日(土)、快晴で日中の気温は数℃まで上がり、寒さをあまり感じませんでした。一回目のプログラムの場所はアムール川のほとり、大聖堂広場横の図書館でした。我々が会場準備をしている中、続々と参加者が集まり10時の開始時間には立ち見ができていました。総勢120名ほどだったでしょうか。岡本先生の講演は漢字の紹介から始まり、漢字の成り立ち、そして漢字の原形とハバロフスクにある岩画との共通点であるピカソのキュビズムの話で締めくくられました。その後、1時間ほど書道体験交流会が行われました。予め岡本先生が作成された、漢字の現在と初期の形が載った手本を見ながら半紙に書いて頂きました。皆さん初めは万年筆のように筆の穂先に墨を付けていたので、筆の持ち方から墨のつけ方まで丁寧に教えました。そのうち手本以外に「幸」「愛」などの自分が好きな漢字や、我々から教わった自分の名前の漢字を書くようになりました。私もそれらの漢字を書いてほしいと頼まれ、半紙に大きく「幸」と書くと喜んで下さいました。ただ、書道交流に熱中した余り、お互いの国の話があまりできなかったことが反省点です。

3月30日(金)、一週間に及ぶ岩画調査で疲労状態の我々に追い打ちをかけるような吹雪でした。最後のプログラムは極東国立人文大学の日本語科にて行われました。日本語以外に韓国語・中国語を学ぶ学生も一部参加され、参加人数は予想を越えた100名ほどでした。まず主催者側からのご挨拶の後、昨年の東日本大震災のお悔やみのお言葉と、折り鶴で形作られた日本列島の額を頂戴しました。我々の中には宮城県出身者が4人もおり、彼ら含め全員が感謝の念で一杯でした。そして岡本先生が図書館での講演内容に追加して、「余白」「わび・さび」をふまえた講演をされました。先生は「全部書かず余白を残すところに我々の美学がある」「余白の何も無い所にこそ我々の自由な想像力が生きる」「日本人の全てを語らない、遠回しな言い方もこの精神があるため」といった内容は参加者だけでなく我々にとっても将来日本文化を外国の方に説明する際の参考となりました。その後の書道交流でも参加者のお手伝いで精一杯となり、お互いの国を知りあう交流がほとんどできなかったことは残念でしたが、好きな漢字や名前を一緒に書いて楽しく過ごせました。ここでも「幸」「家族」「愛」が人気の漢字でした。彼らは日本語だけでなく英語も堪能で国際化の意識が高いことに驚きました。最後に交流した男子学生によれば、国境が近い中国がよく意識されているようです。

そして、岩画調査プログラムでは一万年前とされる大角鹿、顔面シャーマン、船などの岩画を調査しました。さらに北海道余市にあるフコッペ洞窟岩画の船の線刻と類似するものも発見され、複数ある日本人のルーツの一つとして極東ロシア地域があることの確信につながる大変有意義な結果でした。

帰国後、ハバロフスク日本総領事館からの情報によれば、現地の日本情報センターに次回の交流会の開催日を聞きに来る人が後を絶たず、現地最有力新聞で岩画特集が組まれたそうです。我々の活動が現地の方に日本文化への興味を持たせ、岩画の価値を認識させるきっかけとなったことは間違いないようです。

このプログラムを振り返ると、漢字の講演に熱心に聞き入る彼らの姿、人気の漢字が「愛」「家族」であること、講演の合間の休憩に見られた無邪気に遊ぶ子供・学生、これらは現在の我々の生活と同じ姿でした。ではなぜロシアを訪れる前、あのような印象を持ってしまったのでしょうか。一言でいえば我々のロシアに対する勉強不足に尽きるのでしょう。メディアの情報に知らず知らず依存している我々の薄学さを認識しました。今後、隣国ロシアと日本の交流が増すことは確かでしょう。次回の交流に向けてロシアの勉強をしたいと思わせる良い機会となりました。


●秋山潤平 宮城大学 事業構想学部デザイン情報学科4年

日本を出発すること、およそ2時間。眼下には、広大な森が広がっていました。春を迎えつつあった日本とは打って変わり、シベリアは一面の雪景色。確かに北の大地へ向かっているのだと気付かされます。ウラジオストクへ到着し、飛行機を降りると、冷たい空気が体を包み込みました。目の前には白樺の森、上を見上げれば澄んだ空が広がり、遂にシベリアの地へ来たのだと実感しました。この地には、一体どんな人々が暮らしているのか、どんな出会いが待っているのか、期待に胸を膨らませ、今回の旅が始まりました。

今回、このプロジェクトに参加するにあたり、大きな目的が2つありました。一つは、書を通した日露交流をすることです。ロシアの青年達と共に書を体験し、また、肌で文化・生活の違いを感じることで、日本の伝統文化について見つめ直す機会にしたいと考えていました。もう一つは、「岩画」の拓本を採ることです。一万年前の人々によって描かれた岩画の拓本作業を通し、私達の祖先とも関わる古代日本文化や、その地域を中心とする文化圏について学びたいと思いました。


ウラジオストクからハバロフスクへ場所を移すと、最初の書道交流会が行われました。会場は満席となり、現地における日本文化への関心の高さを感じます。交流会は、漢字についての講話から始まりました。漢字の形から、その持つ意味を問うと、予想以上に正解者が現れ、大変驚かされました。言葉は違っても、形からイメージする感覚は変わらないのかもしれません。参加者は、初めて書を体験する方が多いようでしたが、どの人も皆、一所懸命に取り組んでいました。簡単なロシア語と、片言の英語を交えながらとるコミュニケーション。 「名前を漢字で書いてほしい」と、頼まれ、宛字で書いてあげると、とても喜んでもらえました。名前を宛字で書く時、この人にはどんな漢字が合うか考えていると、改めて一字一字が意味を持つ「漢字」の魅力に気付かされます。

また、ハバロフスクにおいては、5日間に渡る岩画の拓本作業がありました。現場までは、森の中を歩いて行きます。森の中は明るく、きらきらとした雪で覆われ、大変美しいものでした。実際に岩画を目の前にし、一万年の時が刻まれた芸術なのだと思うと、体が震えあがるようでした。太古の人々が描いた岩画を、私達が拓本という形で残し、未来の人々へ繋げる。時を超えた出会いに浪漫を感じると共に、活動の一助となれたことを大変光栄に思います。


最終日には、二度目の書道交流会が、極東国立人文大学にて行われました。まず初めに、大学の方の挨拶で、東日本大震災に対する追悼の言葉がありました。更に、折り鶴で作られた日本列島の記念品が贈呈されました。一年が経過した今も、震災の事を思ってくださっていたことに、ロシア人の心の温かさを感じます。また、被災地の近くに住む人間として、当時の事や、被災地の現状を、今後も伝えていかなければならない立場なのだと、改めて実感しました。交流会の参加者は、女性が多いようでした。今日、男性には、将来の仕事を見越して中国語が人気なようです。一方女性は、純粋に日本文化に興味がある人が多いそうです。海外から見ても、日本文化が魅力的なものであると、改めて気付かされます。

書への取り組みは、皆真剣そのもの。そして、何より楽しんでいるようでした。私自身、日本文化に親しんでもらえることを嬉しく思うと共に、交流を楽しむことが出来ました。また、日本文化に親しんでもらう一方で、次は、ロシア文化を知ってみたい、体験してみたい、という思いが湧きました。短い時間ではありますが、確かにロシアの青年達と時間を共有し、活動したことは、大きな刺激になったことと思います。

今回、書道交流や、岩画の拓本作業を通して、シベリアの大自然や、人々の心の温かさに大変感動しました。また、日本文化を誇らしく思うと共に、ロシアに対する関心が強くなったように感じます。このような活動に参加したことが、今後の生活の大きな刺激になったことと思います。

最後になりましたが、今回このプロジェクトに参加するにあたり、たくさんの方々にご支援・ご協力いただきました。お世話になった全ての方に、感謝の意を述べたいと思います。ありがとうございました。


●佐藤加奈絵さん(宮城大学 事業構想学部事業計画学科3年)

2012年3月22日~3月30日の9日間、ロシア・アムール川「岩画」拓本調査プロジェクトに参加し、ロシア人の方々と交流したり、岩画の調査をしたりしてきました。

旅の3日目と9日目に、ハバロフスクでロシア人との書道交流がおこなわれました。

3日目におこなわれた書道ワークショップでは、小学生くらいの子どもから学生、大人まで幅広い年齢層の方々が参加していました。私はワークショップ中、ワークショップのスタッフとして参加しながらロシア人の方々と交流を図りました。ロシア人の方々は書道を初めて経験する人がほとんどのようでやり方をアドバイスしたりしたのですが、ロシアでは日本語はもちろん、英語も通じない場合があったため、アドバイスをどうやって伝えればうまく伝わるのか少し戸惑いました。しかし、交流していくうちに、言葉が通じなくてもコミュニケーションはとれるということを感じることができました。心を開いて相手に接すれば、相手の気持ちをなんとなく感じることができて、言葉が通じなくてもコミュニケーションが成り立っているように思われました。ワークショップの終盤では、ロシア人の方々の名前を当て字で書いて教えてあげたりもしました。漢字で名前を書いて教えてあげると、参加者は喜んでくれていた様子でした。

最終日におこなわれた書道ワークショップは、ハバロフスクの大学で開催されました。今回は、現地の大学に通う学生のうち日本語を勉強している学生がメインの参加者でした。開会の際にロシア人学生からあいさつがあったのですが、被災地日本に向けてのメッセージと、たくさんの折り鶴で日本列島を表したオブジェをいただきとても感動しました。ワークショップは前回と同様の内容でおこなわれたのですが、日本語を勉強している学生が多いだけあって、手本以外の自分の好きな漢字を書いている人が多くいました。「桜」や「愛」という漢字を好んで書いている学生が多かったように感じました。前回同様、漢字で名前を書いてあげるのは好評だったように思われました。今回のワークショップの参加者とは日本語も使ってコミュニケーションを取れたので、ロシア人の方々とより会話をすることができ交流もより深めることができたのではないかと思います。

ハバロフスクでは、交流会以外に岩画の調査をおこなってきました。キヤ川沿いやサカチャリアン村、シェレメチボ村などを巡り、5日間ほど岩画の拓本をとる作業をしました。

私は拓本作業に関わるのも、岩画を見るのも今回が初めてだったためどんなものを見ることができるのか楽しみにしていました。キヤ川沿いでは太陽神や動物、シェレメチボ村では船や白鳥など様々な岩画を見ることができました。岩場にはっきりと画が彫ってあるのを見て感動を覚えました。サカチャリアン村には3日間ほど行きましたが、ここでは大角鹿をはじめ、たくさんの岩画がありました。私はここで、初めて拓本の作業を経験しました。作業を見学しているときに手順や理論は理解することはできたのですが、いざ自分で作業してみると、紙をきれいに打ち込むにはどうしたらいいか迷ったり、墨を打つときには仕上がったときの全体のバランスを考えながら打ったりと単純そうに見えて難しい作業だと感じました。しかし、遥か昔の人たちが残した画に触れながら作業できたことはとても光栄なことだと感じました。またここでは、見学しに来たロシア人学生と偶然遭遇し触れ合うこともできました。

今回の旅では、ロシア人との交流や岩画の調査を通して、普段の旅行では経験することのできないことができました。ロシアの都市部から田舎の村まで見ることができて、大自然を感じることができて、日本で環境系の活動に参加している私にとってとても刺激になる経験となりました。他の文化や歴史的に価値のあるものに直接触れることは滅多にない機会であり学んだこともたくさんあったので、今回このプロジェクトに参加することで自分の視野や見聞を広めることができたと思います。今後、この旅で経験したことや感じたことを忘れず、この経験を生かしながら自分を成長させる努力をし続け、学生生活やその後の人生を充実させていきたいと思います。




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