日露青年招聘・派遣事業

東日本大震災被災地高校生グループ


2011年12月18日(日)から26日(月)まで、東日本大震災で大きな被害を受けた岩手県と宮城県の高校生15名、大学生2名をモスクワに派遣、ロシア側で「モスクワにおける新年の冒険」と名付けられた一週間のプログラムに参加してロシア文化に触れ、ロシアの同世代の若者と交流しました。

このプログラムは、スヴェトラーナ・メドヴェージェヴァ・ロシア大統領夫人のイニシアチブによるロシア政府の提案を受け、日露青年交流センターとあしなが育英会との共催で行われたものです。

この時期のモスクワは、朝は10時頃にようやく明るくなり、夕方は3時を過ぎると暗くなり始めます。気温はいつもよりは暖かでしたが、それでも氷点下です。日本人高校生は、モクリンスキー第1535学校校長の「冬のモスクワは寒いけれど、心が温まる場所がある。」との言葉通り、心温まるたくさんのプログラムを体験しました。


12月19日(月)

はじめにモスクワにある在ロシア日本大使館を訪問し、原田大使、石瀬公使参事官からロシア事情、日露関係、ロシア人の国民性などについて話をうかがいました。


今やモスクワ名物の交通渋滞の中を時間通りに移動するのは至難の業です。高校生たちのバスは、滞在中ずっとパトカーの先導がつきました。



ベテランの日本語ガイド・エレーナさんの案内でモスクワを見学しました。メドヴェージェフ大統領の執務する大統領府を赤の広場から見た後、モスクワ大学のある雀が丘から市内を一望、ノヴォデヴィチー修道院に隣接する白鳥の池から写真を撮り、そしてプーチン首相のロシア連邦政府庁舎、通称「ホワイトハウス」をモスクワ河畔から見るというダイジェスト版です。



第1535モスクワ国立学校を訪問しました。ここは日本の中高生にあたる7年生から11年生が学ぶ学校です。日本語を勉強している生徒たちが日本語で学校を案内してくれました。教室は化学、歴史・・・など科目毎になっています。角の教室にロシア風のお茶会が準備されていて、モクリンスキー校長やイヴァネツ・ロシア教育科学省次官が歓迎して下さいました。宮城県気仙沼高等学校の阿部さんが日本人高校生を代表して挨拶をし、被災の体験も交え、しばし懇談が続きました。



続いて、第1535学校と第1555学校の日本語を勉強している生徒たちによるコンサートです。ロシアの歌と踊り、日本語の寸劇、俳句、J-POP弾き語り、日本のダンス等々を披露、どれもびっくりする出来のステージに圧倒されました。

          



日本人参加者が「世界に一つだけの花」を振付きで歌うと、ロシア人生徒は総立ちで応えてくれ、大感激でした。最後にコンサートに参加した生徒と一緒に、学校の食堂に用意された夕食を食べながら交流しました。先ほどのステージを話題に話が繋がっていきました。



12月20日(火)

クレムリン見学:ロシア語で城塞を意味するクレムリンは東京の皇居のようにモスクワ市の中心にあり、城壁の内部には現在はロシア大統領府がありますが、中世からの宮殿やロシア正教寺院などの建築物が残されています。ベテラン・ガイドのエレーナさんの案内でウスペンスキー寺院(聖母昇天寺院)・ブラガヴェシチェンスキー寺院(聖母受胎告知寺院)・アルハンゲリスキー寺院(大天使寺院)、皇帝使用の馬車・衣服等も展示されている武器庫と半日以上かけて見学し、ロシアの歴史を知りました。



コンサートの夕べ:有名なチェロ奏者で親日家としても知られていたロストロポーヴィチの基金のロシア人奨学生とチャイコフスキー記念モスクワ国立音楽院の日本人留学生の合同コンサートをヴィシュネフスカヤ・オペラ・センターで聞きました。学生とは思えないレベルの高い演奏に聞き入りました。



12月21日(水)

第1555モスクワ国立言語学校の生徒たちと一緒に世界遺産セルギエフ・ポサードへ遠足に行きました。モスクワから約70km、1時間半程、バスの中では日本人高校生と第1555学校の生徒が一緒に座り、日本人日本語教師オクサナ・バジュリキナ先生の指導の下、「モスクワ郊外の夕べ」、「トトロ」等の歌を歌って過ごしました。



雪の降りしきる中、真っ白に雪化粧した大修道院の門をくぐりました。トローイツェ・セールギエフ大修道院はロシア正教会の宗教教育の要で、中にはトロイツキー寺院、ウスペンスキー寺院、トラペズナヤ教会、神学校、病院等があり、14~18世紀のロシア文化の最大の遺産ともいわれています。

       



ロシアの温かいボルシチや壺焼きシチューで体を温めた後、近くのおもちゃ博物館で、ロシア土産で有名なマトリョーシカの絵付け体験をしました。

       



12月22日(木)

宇宙飛行士記念博物館訪問:人類初の宇宙飛行士ユーリイ・ガガーリンが使用したSK-1宇宙服、ソユーズ宇宙船などが展示されています。スプートニクから無事生還したライカ犬の剥製には皆とても興味を持ちました。館長のアレクサンドル・ラズートキン元宇宙飛行士からも話を聞き、隕石のかけらを記念にいただきました。

       



メドヴェージェヴァ大統領夫人の招待を受け、普通では入れない大クレムリン宮殿や歴代皇帝の御所を見学しました。豪華なシャンデリアに目を奪われながら、大広間を次々に通ると、大統領就任式も行われるアンドレイの間でメドヴェージェヴァ大統領夫人に出迎えられ、大広間の中央に円陣に用意されたロシア風のお茶が用意された席に着きました。

          



メドヴェージェヴァ大統領夫人の被災を見舞うあたたかい言葉に、緊張もだんだん解けてきました。宮城県気仙沼高等学校の足利さんが代表で招待へのお礼と将来は災害救助の仕事に就きたいとの抱負を話しました。

料理学校「フレブ・ソリ(パンと塩=ロシア語では歓迎のしるし)」でフィリモノフ・シェフから代表的ロシア料理のボルシチとピロシキの作り方を教わりました。ボルシチはビーツなどの野菜を細切りにして炒めてブイヨンで煮込み、ピロシキは用意されていた皮と肉アンで包みオーブンで焼きました。ロシアでは焼きピロシキが主流です。その他、シェフお手製のビーフストロガノフ蕎麦の実添えが出て、キッチンテーブルでの楽しい夕食でした。参加者からは日本でピロシキ屋を始めようとの声も聞こえました。



12月23日(金)

今日は一日、第1535学校の生徒たちと一緒です。おそろいの「モスクワにおける新年の冒険」のロゴ入りマフラー・帽子・手袋を着け、赤の広場のスケートリンクでフィギュア・スケートのオリンピック金メダリスト・アレクセイ・ヤグディン選手から直々にスケートを教わりました。日本との繋がりも深く、大震災では大変心配したとのお話でした。

         



ロシア非常事態省は災害救助を重要な任務としており、世界中の気象、事故、ニュース等さまざまな情報を常にウォッチしている危機管理センターを訪問しました。東日本大震災時のデータや映像もありました。大震災の際、ロシア非常事態省からも救助隊が派遣され、石巻で救助活動に当たった6名の隊員と会うことができました。

   



石巻市立女子高等学校の阿部さんが代表して謝意を伝えました。将来、消防士を目指すという岩手県立釜石高等学校の釜石君に対してエールが送られました。最後に殉職隊員慰霊碑に赤いカーネーションを日本人とロシア人の高校生が一人一人献花しました。

   



12月24日(土)

年末は、日本では第9がよく演奏されますが、ロシアではチャイコフスキーの三大バレエの一つ「くるみ割り人形」が恒例です。今回、10月に修復後再開したばかりの有名なボリショイ劇場の金の飾りが眩しい貴賓席に招待されました。

             



再び第1535モスクワ国立学校を訪問し、第1535学校と第1555学校の生徒と一緒に日本でも有名な「チェブラーシカ」の原作者ウスペンスキー氏の話を聞きくことができました。日本人生徒もロシア人生徒も興味津々です。チェブラーシカはどこからきたか、なぜ歳をとらないのか、オスかメスか、なぜ日本で若い女性に人気があるのかなど、質問はつきません。懇談後、アニメ・チェブラーシカを原作のロシア版と最近テレビ放送された日本版と両方鑑賞しました。



お別れ会:レヴィツカヤ教育・科学省専門家より、「今回は自分が若かったソ連時代には考えられなかった交流ができた。若い世代の皆さんに期待したい。」とのお話がありました。生徒たちはメールアドレスを交換、最後に「世界に一つだけの花」を歌いました。

   



参加者の声

このプログラムに参加して、多くの貴重なものを見ることができ、体験することができて本当に本当によかったと思っています。大統領夫人ともお会いすることができてとても緊張しましたが、よかったです。ここには書ききれない程のたくさんの感謝でいっぱいです。プログラムの中の一つ一つの活動や体験全てが、私の中でとても大きな財産となりました。また、ロシアの学生たちとの交流や、一緒に過ごした同年代の人との交流などができてよかったです。本当にありがとうございました。
(岩手県立釜石高等学校2年)


初めての海外で不安もありましたが、こんなに凄いプログラムに参加して、ロシアをよく知ることができ、すごく貴重な経験となりました。1日1日が進むにつれ、楽しさが増し、帰りたくないという思いを感じることも多かったです。今回は大変お世話になりました。ありがとうございました。(宮城県気仙沼高等学校1年)


今回のプログラムに参加して、私は多くのことを得ることができました。震災で多くのものを失いましたが、その分また別の形で沢山のことを得ることができました。震災から約9ヶ月が経ち、私はロシアの人達がもうこの災害のことを忘れているのではないかと思っていましたが、そうではありませんでした。(石巻市立女子高等学校2年)


ロシアの美術品や建物の装飾が印象に残りました。またとても伝統芸能が日本にはないもので自分の感性を磨くことができました。このプログラムがなければ一生身につけることはできませんでした。機会をいただいてとても感謝しています。私はこれからロシアでの体験を本にまとめてみたいと思います。(石巻市立女子高等学校2年)


「赤の広場のスケートリンクで、おそろいのマフラーと帽子を着けて。」



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