日露青年招聘・派遣事業

平成21年度日露青年交流プログラム派遣事業
JC学生ミッション日本人学生派遣
平成21年5月11日~5月18日



JC(日本青年会議所)ロシア友好の会は長年にわたりロシア学生ミッションを実施してきましたが、今年も昨年に引き続き日露青年交流センターと共催することになりました。

モスクワ・ノヴォデヴィチ修道院にて

事前研修会


参加学生14名は全4回開催された事前研修会に参加し、ロシア訪問に備えました。

○第1回 、第2回(4月4日、5日)

内容「北方領土返還問題への理解」

学生企画会議(文化交流の内容や方向性について議論)


○第3回 (4月24日)

内容「日露民間外交の基礎/北方領土返還と外交」


○第4回(4月25日)

内容「日本JCロシア友好の会の活動とロシア民間外交の理解」

学生企画(前回の企画会議やSNSで行ってきた内容のまとめ、最終チェック等)、

壮行会


ロシア訪問日程


5月11日(月)
成田出発モスクワ着
モスクワ国立大学学生の出迎えで宿泊先の大学寮へ移動
5月12日(火)
モスクワ大学視察、市内視察
5月13日(水)
在ロシア日本大使館表敬訪問、ブリーフィング、市内視察
5月14日(木)
サンクトペテルブルクへ移動
5月15日(金)
サンクトペテルブルク国立大学学生との交流会・意見交換会
5月16日(土)
エルミタージュ美術館
在サンクトペテルブルク日本総領事館にて交流会
5月17日(日)
サンクトペテルブルク発
5月18日(月)
成田着

ここからは、参加学生の松本光平さん(同志社大学)作成によるロシア訪問の報告です。

1日目 5月11日 モスクワ着 到着後、バスで大学寮へ移動

午後5時半頃シェレメチェヴォ空港へ到着。モスクワ大学の学生たちが出迎えてくれました。
バスに乗り込みモスクワ大学の寮へ向かいます。この大学寮はスターリン様式の立派な建物です。

日本の大学では学部棟でもこれほど立派なものはないと思います。寮ではなくキャンパスに連れて来られたのだと間違えてしまいそうなほど大きく立派な建物です。この日は各自それぞれの部屋に入り、早めに明日へと備えました。



2日目 5月12日

モスクワ大学を見学した後、市内視察へ出かけました。アルバート通りは石畳の続く下町の情緒が溢れるところです。スターバックスやマクドナルドといったアメリカ資本の飲食店も散見できます。夕食はゴドノフというレストランにてロシア人学生を招き、青年会議所メンバーと一緒に懇親会となりました。



3日目 5月13日

クレムリン及び赤の広場(武器庫、ダイヤモンド庫、レーニン廟、聖ワシリー寺院、グム百貨店など)を視察しました。午後からはロシア国家院見学、その後バスで移動して在ロシア日本大使館を訪問し、レクチャーを受けました。この時期、モスクワは比較的温暖ですが、天候によって気温差が激しいので体調管理には注意が必要でした。



4日目 5月14日

ノヴォデヴィチ修道院、雀が丘、大祖国戦争博物館を視察し、空路サンクトペテルブルクへ向かいます。大祖国戦争博物館では、第二次大戦時の独ソ戦に関する遺留品や米軍偵察機U-2の残骸、そして第二次大戦後の現代兵器などが展示されていました。このように、戦勝記念館としての意味合いの強いものが博物館として整備されている点は日本との大きな違いです。



5日目 5月15日

サンクトペテルブルク大学における文化交流とディベートは、全体的にとても充実した内容だったと思います。

確かに、文化交流とディベートの両方で「その場で内容を変更」する必要が少なくありませんでした。事前の準備で甘いところや、企画の段階で各班の連携がとれていなかった部分もあったと思います。それでも、こちら側から書道道具や折り紙、漫画や雑誌を持参していたので、書道などの日本の伝統文化(ハイカルチャー)から漫画やアニメなどの若者文化(サブカルチャー)まで、現物を触ってもらいながらの交流ができました。 国際文化交流にありがちな、「この日本文化は何か知っていますか。これは~です。」という次元で一つのやり取りが完結するのではなく、「この本のこの部分の翻訳は~だね。」であるとか「このアニメの描写はロシアではこのように受け取っている。」といった、かなり踏み込んだ次元でお互いの学生が議論する場面が多々ありました。 私自身、アニメにはそれほど詳しくないので、逆にロシアの学生から教えられたこともあります。日本側からの一方通行な「文化紹介」ではない、双方向の交流ができたことは最も良かった点だと思います。 また、京都の風景や東京・秋葉原の様子を編集して納めた日本紹介ムービーも上映することができました。これらの充実した内容の文化交流は、サンクトペテルブルク大学の協力がなければ実現しなかったことです。 広過ぎず、狭過ぎずの適度な広さの教室を提供してもらうことができ、ムービーを流す際もプロジェクターを貸し出していただきました。

 

そして、ディベートでは北方領土問題について議論できたことを嬉しく思います。ロシアにおいて政治・外交問題を公的な場面で語ることはまだまだ難しいらしく、司会をしていても、何かぎこちなく盛り上がりに欠けるように感じました。ロシアの学生たちは担任の教師が席を外すまで領土問題にほとんど触れてくれませんでした。しかし、最後には四島域内の経済交流を深めることや文化交流センターの設立など、お互いに建設的かつ踏み込んだ議論ができました。日本を代表する立場として四島返還の意思表示をすることもでき、返還には反対であるというロシア側の立場も直接聞くことができました。しかし、それらを踏まえつつ、日露の経済や文化の交流を加速させることが重要である点では双方とも議論の中で一致できました。



ディベートを終えた後、みんなでフランクな会話を再開できたときは、何か心の壁が取り除かれたような清々しい気持ちになったことを今でも鮮明に覚えています。この切り替えの感覚は国際交流、とくにデリケートな問題を扱うような場面でお互いに大切なことだと思いました。気まずい雰囲気をいつまでも引き摺らず、友好的なムードに自然に移ることができるということは、「議論すべきは議論し、交流は楽しく」という双方の前向きな姿勢がなければ出来ないものです。



6日目 5月16日

サンクトペテルブルク歴史地区、宮殿広場、エルミタージュ美術館を視察しました。夕方からは在サンクトペテルブルグ総領事館においてレセプションに招待していただき、ロシアで琴演奏家として活躍されているロシア人女性2人の「さくら」演奏を鑑賞しました。その後、立食形式にて懇親・意見交換会が開かれました。この日の最後はゴンドラでの運河クルーズを経て、ホテルに戻りました。



7日目 5月17日

エカテリーナ宮殿視察。空路、モスクワへ経由し帰国の途へ。


全体を通して

モスクワの売店や小さな店で買い物をすると、店員からつり銭の要らないように要求されることがしばしばあります。マクドナルドやスターバックスなどの外資系の飲食店ではそのようなことはありませんでしたが、あまり日本では考えられないことがロシアの店頭では起こります。また、警察という治安組織の印象も日本とは大きく違うように感じました。これは世界基準でみれば、むしろ日本の事情が多くの点で特殊だと言えるかもしれないのですが、一般的な日本人がロシアを訪れて戸惑うことは少なくないかも知れません。

それでも、かつての旧ソ連のような堅く冷たいイメージはほとんど感じられません。普通のヨーロッパの国と同じような印象を受けます。特に、ロシア特有の美しい建物やのどかな田園風景が印象的でした。

他方、ロシア人の持つ精神風土は日本人に近いものがあると思います。ロシア人は日本人と同様にシャイで内気な部分もあり、非常に繊細な内面を持っているようです。学生と交流していても、こちらからアプローチをかけて積極的に話しかけなければ、なかなか口を開いてくれないこともあります。ひとたび打ち解ければ、とても気さくに話しかけてくれるようになります。日本人と近い気質があるのではないかと感じました。


今回のロシア訪問では、モスクワ大学やサンクトペテルブルク大学の日本語学科の学生と交流することができました。出発前の数ヶ月間、日本の代表団の学生同士で文化交流の内容を企画し、準備を整えていきました。北方領土問題に関するディスカッションも今回初めて実現しました。この交流を通じて最も印象に残ったことは、「もはや私たちのような代表団が日本文化を一方的に紹介するような段階ではない」ということです。ロシアの若者の日本文化に対する関心・評価は高く、彼らは日本文化について非常に多くのことを知っていました。日本に関する情報の多くをインターネットから得ているようで、大手動画サイトなどを主な情報源として最近の日本アニメもよく見ていると言います。

もちろん、ロシアの若者一般においてどの程度興味・関心や親近感が浸透しているかは客観的に知ることはできません。日本語を学ぶ学生達だからこそ、日本に対して格段の興味・関心を抱いているという面はあると思います。ですが、経験としてはかなり高いレベルで日本の文化が浸透していることを感じました。例えば、数人で夜に繰り出したサンクトペテルブルクの街で、偶然出会ったロシア人学生たちはとても親しく接してくれました。そして彼らは当たり前のように日本の魅力を語ってくれました。このようなことからも、ロシアの若者の日本に対する関心の高さは計り知ることができます。また、ロシアの街中では数多くの寿司バーを目にし、漢字のステッカーを貼った車を見ることもありました。

今のところ、サブカルチャーを始めとする日本文化の持つソフトパワーについて心配する必要はないように思われます。寧ろこれからは情報発信だけでなく、相手側を理解することに交流の主軸を置く必要があるように思いました。日本社会、日本人の側があまりにもロシアについて知らないという現状は、これからの日露関係を考える上で好ましいものではありません。また、日本の世論が持つロシアへの固定的なイメージが、理解の促進を阻害していることも懸念されます。


その一方で、より正しく日本や日本文化についての情報が伝えられるように引き続き努力していくべきだと思います。なぜならば、文化的な結びつきは他の分野の結びつきよりも容易に構築出来る反面、脆弱で壊れやすいものだからです。相手についての理解を深めることで、より適切な関わり方を見出すことができるでしょうし、こちら側から発信した情報がどのように解釈されているのかも見えてくると思います。相手側から十分な興味・関心を得ることができているとしても、誤って解釈されたままでは、やがて日本の持つ魅力は衰退していきます。これだけ情報化が進んだ現代においても日本の魅力が衰え、失速する可能性は十分にあると思います。それは情報発信のマンネリ化やイメージの一人歩きによるところが多きいのではないかと考えられます。

事実、ロシア人学生から聞いた話では、京都の町並みはすべて伝統的な建物で出来ているとか、日本人が皆一様に家族や地域単位で伝統文化を守っているといった、現実とはかけ離れたイメージを持っている場合もあるようです。これは、「日本らしいもの」だけを抽出して紹介することの限界を示しているようにも思います。ありのままを包み隠さずすべて紹介することは非常に難しいことです。その一方で、国内社会と外交の距離がより一層縮まり、民間外交の重要性が益々大きくなる今日では、日本の内側にも目を向ける必要があるように思います。私たち一人ひとりが胸を張って「ありのままの日本」を世界に紹介できるように、今からできることは何だろうか。ロシアという異国の地に赴くことで、逆に自分自身や日本について深く考えさせられました。





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