若手研究者等フェローシップ(2005)

地田徹朗
2006年11月

研究滞在記
モスクワに「住む」


歴史研究者の留学先での日常は極めてワンパターンである。午前中に公文書館に行き、夕方まで座って公文書を読み、必要部分を書き写す。夕方から図書館に移動し、午後の8時まで定期刊行物や書籍を読み、必要部分を書き写すかコピーの注文をする。午後の9時過ぎに帰宅し、夕飯を作り、シャワーを浴び、その後、書き取ったメモやコピーした文献を読み返し、夜中の1時くらいに床につく。時々専門の近い研究者とアポを取り、会いに行って話を伺う。この単純なサイクルの愚直な積み重ねを繰り返すことで、歴史の「断片」が徐々に詳らかになってゆく。研究の中で派手な「大発見」などまずないが、「小発見」の積み重ねが歴史研究者の喜びである。そして、ソ連史を専攻している私のような者にとっては、ロシアでの長期の資料収集なしでは全く研究が成り立たない。そのこと理解していただき、フェローとして採用していただいた日露青年交流センターにまずは感謝したい。

しかし、大学院時代の留学の意味合いは博士論文に向けた研究・資料収集のみに留まらない。少なくとも、留学先はその後も何度となく訪れる場であり、そこに1年間「住む」ということは極めて大きな人生経験である。そこで、私は実際にモスクワに「住んでみた」実体験を記すことで、フェローとしての滞在記としたい。


●ロシア国立人文大学の留学生

私の受け入れ研究機関はロシア国立人文大学である。人文・社会科学の国立総合大学であり、日本の大学に例えるならば一橋大学に近い。留学生寮はモスクワ市中心部にある大学のメインキャンパス構内にあり、ヨーロッパ・東アジアを中心とした留学生が暮らしている。日本人留学生も多い。一人部屋と二人部屋があり、筆者には一人部屋が割り当てられた。各部屋には電話回線が引かれているがアナログ回線であり、ADSLや光ファイバーなど通っていない。台所、シャワー、トイレ、冷蔵庫は各階にあり、全て共同利用である。私が暮らしていた棟には各階にコモンルームがあり、学生たちの交流の場となっている。留学生のほとんどが語学研修を目的としており、学部生が中心で世代が若い。夜になると当然の如く「ヴェチェリェンカ(酒宴)」が始まり、深夜まで続くこともしばしば。公文書館などの作業で疲れた後の話し相手に欠くことはなかったが、正直言って、勉強する環境としては理想的ではなかった。夏場はほとんどの留学生が帰国してしまい、寮は比較的静かだったのだが、新しい学生たちが入寮してくる8月末に寮を出ることを決意した。

●モスクワでアパートを探す

寮を出るのならばアパートを探さねばならない。将来的に再びモスクワで生活する可能性を見据え、今回は友人の助力を得て、不動産屋経由でアパートを探すことにした。以下がモスクワでアパートを探す手順である。

1.まず、複数の不動産屋(インターネットで検索)に電話を掛け、希望する場所(地下鉄の駅を目安にする)、物件の種類(アパート、部屋借り、コムナルカなど)、家賃の価格帯などを告げる。

2.不動産屋からワり返し電話があり、見つかった物件の場所及び条件を聞き、納得した場合は不動産屋の担当者と一緒に物件を見に行く。その前に、あらかじめ聞いておく質問事項を準備していくことが望ましい。

3.大家さんと面会し、部屋を見せてもらう。不動産屋を交えて条件を詰め、質問をし、その場で契約するか、断るか、数日先まで待ってもらうよう交渉するかの選択肢をとる。

4.契約を決断した場合は、契約書を熟読し、サインをし、前家賃と不動産屋への仲介手数料を支払い、即入居あるいは入居日を伝えるかの選択肢をとる。

私はMoskovskoe gorodskoe agentstvo nedvizhmostiという不動産屋を利用した。契約までの流れは日本とほぼ一緒だが、「部屋借り」(つまり、ホームステイ)という選択肢があるのがロシアの特徴である。また、契約最低期間は日本よりもフレキシブルで、概ね2ヶ月から可能である。仲介料は1ヵ月分の家賃。契約書に「市外電話以外の公共料金は貸主が支払うこと」と明記されており、家賃体系が分かりやすい。また、大家との間で貸主に非があるトラブルが生じた場合は、手数料無料で新たなアパートを探してくれるというサービスもある。

しかし、アパート探しは難儀した。「部屋借り」は借主との共同生活になるため、外国人を受け入れてくれる貸主がそもそも少ないのである。一週間待って、条件が合った物件は1つのみ。希望した地域(地下鉄アカデミーチェスカヤ駅周辺)よりもかなり南だった(地下鉄コニコヴォ駅が最寄)が、これ以上時間をかけたくないとの思いもあり、物件を見に行ってみることにした。

アパートがあるのは地下鉄の駅のまさに目の前の建物(日本で言うところのマンション)だった。徒歩で30秒。18階建て高層マンションの9階で、3部屋のうち1部屋を貸し出すとのこと。家族は大家夫婦とその娘の3人+猫1匹。マンションの入口はオートロック形式で、昼間は管理人が常駐している。各階とも二重扉の構造で防犯面では安全である。テレビ、冷蔵庫、電話はもちろん、家主との共同だが洗濯機もある。さらに、家主は過去に日本人を受け入れた経験があるとのことで、スムーズに話がまとまった。翌日には前家賃2ヵ月分と不動産屋に仲介料を払って契約をした。


「私が勉強しようとするとパソコンの上に陣取り、
『遊んでよ』とせがむ大家の飼い猫マーシク」



●ADSLを引く

大学寮ではしばしば切断されるダイヤルアップ回線でストレスを感じながらインターネット接続を行っていた。しかし、アパートを借りたということで、今度はネット環境を整えるべく、ADSLの契約を試してみた。

モスクワにも今や様々なプロバイダーがあるようだが、最もポピュラーなのはモスクワ市電話局系列のプロバイダーであるMTUの「СТРИМ(ストリム)」というサービスだろう。契約までの流れは至って簡単だった。

まず、上記ストリムのホームページでアパートの自宅電話番号と契約者氏名を入力し、ADSL回線設置の可否を確認する。即日、メールで「可能」との回答が来た。そのメールに記されている照会番号をメモしてストリムの販売店へと赴く。また、希望すれば無料で契約書とモデムの配達も行ってくれる。

販売店では照会番号を伝えた上で契約タイプを選択し、ADSLモデムを購入。とりあえず2ヵ月分の回線利用料を支払う。回線工事費は無料。箔で開通とのことだったが、翌日にはすでに「開通手続き完了」とのメールが届いた。毎月の回線利用料は販売店や契約店、あるいはプリペイドカードでも支払可能。前払い形式で未払いの催促もなく、未払いならば接続ができなくなるだけで、短期滞在者にも便利である。

モデムのインストールディスクに不備があり、サービスセンターに直接足を運ばねばならないというアクシデントはあったものの、最初の手続きから4日でADSLが無事開通した。上り速度約300キロバイト/秒と日本のADSLより格段に遅いが、それでもダイヤルアップよりはるかに快適にネット接続ができる。月額25ドル相当のルーブル。また、別契約でADSLモデム経由で複数のテレビチャンネルを視聴できる、ケーブルテレビ的な契約形態もある。


●アパートに住んでみる

引っ越してから2ヵ月半が経過したが、特に家主とのトラブルもなく快適に生活している。何よりも、集中できる研究環境を手に入れたのが大きい。台所を使うのに順番待ちをする必要もなく、夜中の宴会の騒音に悩まされることもない。大家との世間話も気分転換にはちょうどよい。仲介料1ヵ月分余分に支払ったものの、家賃は寮費と変わらない。私が主に利用している公文書館や図書館も地下鉄乗り換えなしでたどり着くことができる。隣駅のチョープルィ・スタンにある市場では、市内中心部よりも格段に食料品の値段が安く、しかも新鮮で物がよい。アパートのすぐそばに公園があり、空気も比較的きれいである。治安もよく、居住環境は市内中心部に比べれば抜群によいと言える。モスクワは市内中心部から外れると「危険だ」という印象を持たれがちであるが、場所をきちんと選べばそんなことはない。ただし、そのためには事前にモスクワ在住者からきちんと情報収集を行うことが重要である。


●モスクワでの研究生活


研究生活でもなるべく様々なことを試みようとを心がけている。建前では「不可」なことでも、きちんと理由を説明すればうまくいくことが多々ある。どこまでが可能でどこからが不可能なのか、ロシアでは物怖じせずに聞いてみることが重要なようだ。いくつかエピソードを記したい。

国立歴史図書館では注文した書籍・定期刊行物は5日間の取り置きが原則だが、事情を説明すれば2週間程度の延長をしばしば許可してくれる(電話でも可)。レーニン図書館では3日取り置きが原則だが、電話をかければ取り置き期間の3日間の延長を認めてくれる(例えば、10日間どうしても図書館に行けないような場合には、3日ごとに電話を繰り返せばよい)。

ロシア国立現代史文書館で公文書を読んでいた際、しばしば手書きの署名を目にすることがあった。これは大抵は文書を書いた党官僚よりも上役の人間が文書をチェックしたことを示すものだが、誰の署名だかは一瞥しただけでは分からない。アルヒビストに質問をしてみたところ、「歴代共産党中央委員会書記・部長の署名一覧」なるものを見せてくれた。これにより、どの書記がどのような案件について担当していたのかが分かった。

建前上、外国人には閲覧不可の文書であっても、資料の重要性を力説すれば、文書館の副館長に掛け合ってくれて、資料の閲覧が許可される場合もある。また、資料内容の質問についてもアルヒビストは喜んで答えてくれる。何よりも口できちんと事情を説明することが重要である。

山本氏の滞在記にもあるように、モスクワでの研究環境はここ数年で著しく改善されていると言ってよい(ただし、公文書の機密解除状況はむしろ「改悪」されているという話を聞くが)。インターネットでの書籍検索、学位論文のデータベース化、デジカメコピー(図書館員が行う)のCD−Rへの焼付けサービス、ノートパソコンの持ち込み許可など外国人研究者(特に、短期滞在者)にはとてもありがたいサービスだろう。

しかし、私にとって大きかったのは、1年間という長いスパンでモスクワに住み、一次資料とじっくり向き合って、その「読み方」をマスターするという意味においてであった。私の研究テーマは「ソ連共産党人事政策という視座からの連邦中央・共和国関係の変遷」である(何とも地味な研究テーマだと思われるかもしれないが、ブレジネフ時代の人事はその後ソ連崩壊時・共和国独立後の人事にまで直結しており、その把握抜きでは旧ソ連の現代政治は語れない)。当初は一つの共産党の「部」(正確にはその下位区分の「課」)の文書資料に絞って、それを長期的なスパンでひたすら読み、書き写すということだけを考えていたBしかし、資料を読み進めるうちに、その文書資料で参照されている別の決定や関連の公文書・刊行資料・二次文献、文書が書かれた前後での地方共産党組織での人事異動状況などを相互参照することで、より広い意味でのソ連内政・民族政策の施政方針が詳らかになるということが分かった(これは多くの歴史研究者にとって当たり前のことなのかもしれないが、モスクワ留学を機にこのことを理解したことは私にとってはとても大きなことだった)。短期滞在の場合、どうしても特定資料の閲覧に集中せざるを得ず、論文として形にした際に、「なぜこの資料を選んだのか、都合の良い資料のみを選んだのではないのか」という批判をかわすことが難しくなる。「単線的」にではなく、「ネットワーク的」に資料を収集できるというのも歴史研究者にとっては長期滞在の重要な意義である。


●ロシア文化に触れる(余暇の過ごし方)

奨学金を受け取りながら、「余暇」について書くとは何事だと思われる方もいるかもしれない。しかし、やはりどうしても気分転換は必要である。モスクワはバレエ、オペラ、演劇、クラッシックコンサート、欧州サッカー、アイスホッケー等々、余暇の過ごし方には事欠かない。クレムリン、博物館、美術館、教会などを訪れても良いだろう。余暇を通じて「ロシア文化に触れる」ことも長期滞在でないとなかなかできないことである。私は学部時代にロシア演劇サークルに入っていたこともあり、観劇をこちらでの趣味にしている。モスクワには数多の劇場があり、オストロフスキーやチェーホフなどの古典から、ブルガーコフ、エルドマンといった1920〜30年代の作品、ヴァンピーロフやガーリンといったソ連後期の作品、果てまたウガロフ、シガリョフ、ボガエフといった現代演劇まで演目は幅広い。シェークスピア、モリエール、モーム、ベケットなど外国の戯曲による公演も数多い。研究で疲れた頭を休ませるだけでなく、観劇を通じてゆっくりと自己内省をすることは、日常の雑務に追われがちな日本ではなかなかできない貴重な時間である。

以上、モスクワに「住む」ということを中心にして滞在記を書かせていただいた。資料収集など研究面ではもちろんだが、今後、研究者として「生活していく」上でも、今回のモスクワ留学はとても貴重な機会であった。改めて、フェローとして採用していただいた日露青年交流センターに感謝し、今後とも愚直に研究活動に精進していく所存である。