若手研究者等フェローシップ(2004)

日本研究滞在記:初期の印象

2004年12月
ガッリ、イーゴリ

世界のどの国も、疑いなく、独自性を有していますし、どの国民にも、疑いなく、多くの学ぶべきものを見出せます。子曰く、「隣に二人いれば、一人は必ず私の師である」。二つの国であれば、どう言ったでしょう。

私は、今、日本で学ぶ機会をとてもとても嬉しく思っています。

来日後、時間は気付かないうちに飛び去って行きます。

暦の上では初秋の暑い日々が過ぎ、物悲しくなるような虫(コオロギやキリギリス)の声がしだいにおさまりました。

本当に、いつの間にか!…虫たちは「日本語で」鳴いていたかもしれませんが、その声は、私が生まれた、そして今は露で銀色に光る両岸の間を、今は凍ってしまったかもしれないドネツ川が流れる「露国」、「ツユ国」の南部地域とまったく同じように響いていたのを思うと、笑みがこぼれます。


列車行くと   ぱっと聞こえ出す   蟋蟀音

山形を囲む山々の緑の葉は、だんだん輝くような黄色や真紅や赤に変わっていきました。馬見ヶ崎川の透明な滝、その滝の気持ちを静める水の音は、川面から飛び立つ白鷺を静寂で美しく際立たせ、冷たく感じるようになりました…

私の日本の「ステージ」という名の「マンション」の11階のバルコニーから近くの山々が見えます。山頂は今やひそかに自己の内に沈み込んだかように峻厳で、真っ白です。雪が山々の形を際立たせています…もうすぐ私の生まれて初めての日本の「お正月」です!ロシアの友人や親戚や同僚達よりも先に「日の出る国」で日本人の友人達と新年を迎えます

日本もロシアも、言うまでもなく、明らかな独自性を持っていますが、多くの思考や感情の外的発露・表現方法はまったく似ていないものの、両国民のメンタリティーの深い根幹ではかなり近いものがあるように私には思えます。おそらく、日本の大晦日の除夜の鐘の厳かな108回の響きを敬虔な気持ちで聞くとき、そして、その少し後にウラジオストクへ中継放送されるクレムリンのスパスカヤ塔大時計の12回の鐘の響きを聞くとき、再びそう思うでしょう…

同時に、日ロ両国民の生活形態に現われた精神文化と生活様式があまりにも独特なため、双方の研究者にとって、実際の内的な文化経験無しに、ただ外部から研究を進めることは極めて難しいことです。この点、小渕フェローシップの1年間の研究助成を受けることになった私としては、まずはじめに、このフェローシップと日露青年交流センターに、日本とロシアの相互理解を深めることを目的に、両国の研究者間の相互交流を実施している有意義な活動に対し、感謝の意を表したいと思います。この仕事の重要性をいくら評価しても評価しすぎることはおそらくないでしょう! 関係者の方々に心より新年をお祝いするとともに、ご健康、ご多幸、をお祈りし、新年のお慶びを申し上げます。

また、受入れ機関となって下さった山形大学人文学部の阿子島功学部長、指導教官で日本仏教綜合研究学会会長の松尾剛次教授、その他これまでにも、そして今もはかり知れないほど私を助けてくれている、すべての教職員、大学院生や学部学生たち(!)に深く感謝したいと思います。

私の研究は禅仏教思想、特に、禅と他の日本の仏教宗派との相互関係における日本の道元禅師(1200-1253)の思想の特性に関するものです。また、現代日本の精神空間において、どこに、どのように「多種多様な」禅の精神が現われるか、言い換えれば、どのように機能しているか、また、どこに、日本人のメンタリティーの中での仏教、特に禅的要素の特性、役割、意義、展望があるかをよく見極めたいと思います。

このような研究によって、日本とロシアの文化をより深く倫理的・美学的に理解できるようになると思います。

この日本での研究によって、会得した日本の仏教発展の原理、現代の日本哲学、日本の独特の詩学を自分の力に応じて今後さらに理解し、ロシアの学生や学界に紹介することにができればと思っています。


(原文は日本語混じりのロシア語)