若手研究者等フェローシップ(2004)

日出ずる国の最初の数ヶ月

2004年12月
マクシモヴァ、ナジェジュダ

私に、旅行者として日本を訪問するだけでなく、新潟大学で若手研究者として有意義な生活を送り、研究を行うというロシアの医師としては稀有な機会がやってきました。

すべては2003年8月にヤクーツクで開催された第10回ロシア・日本医学シンポジウムから始まりました。ロシアとヤクーチアの全国各地から非常に多くの参加者があり、日本からはそうそうたる代表団が参加しました。言葉の障害がありながらも、医師たちは共通の理解を得、日本の同僚たちと多くの共通点を持っていることが分かりました。そして、日本を訪れ、日本人の生活を見、日本の医学を間近に見たいと思うようになりました。

若手研究者等フェローシップの情報は日露青年交流センターのホームページで見つけました。この若手研究者に対する助成金供与プログラムでは、両国の40歳以下の若手研究者に日本・ロシアで研究を行う機会が与えられます。このプログラムへの参加資格をよく読んで、申請書や必要書類をすべてそろえました。推薦書は日本側から新潟大学脳研究所の西澤教授が書いて下さいました。

ハバロフスク日本総領事館から、私が選考に通り、日本の新潟の研究所で10ヵ月間研究を行うことができるフェローシップに合格したという電話連絡をいただいたときはとても嬉しかったです。

こう</div>して、私は日本にやってきました。そしてすでに「日本における遺伝性疾患」というテーマの研究を行って5ヵ月目に入っています。

今、新潟大学国際交流会館に住んでいます。寮の居住条件は、バス・トイレとキッチン付きの個室で、良好です。寮には、新潟大学で学ぶ外国人留学生や研究者が滞在しています。私は韓国、中国、ブラジル、インド、インドネシア、ロシア、アイスランド、米国等からの留学生や若い研究者たちと親交を得ました。



寮からバスで40分のところにある新潟大学脳研究所で研究と勉強をしています。西澤教授が指導する神経内科は、神経学及び神経学における分子遺伝学の分野の研究では日本でも世界でも広く知られています。研究所のスタッフの方々は私をとてもあたたかく、親しみを持って迎え入れてくれました。私は日本語が分かりませんが、日本人の同僚とは英語で話ができますので、大丈夫です。新潟滞在のごく最初のうちに、西澤教授をはじめとする科の先生たちが私と日本人の若手新人研究員のために日本レストランで歓迎会を開いて下さったのですが、堅苦しくない雰囲気の中で日本人の同僚と親しくなることができました。

平日の私の日課は分刻みです。毎朝、バスで研究所に行き、小野寺理助教授の指導で研究を行っています。週に2回、日本語講座をとっていますが、先生がとても親切でいい人なので、非常に満足して通っています。少しでも日本語で話したり、理解したりしたいと思っています。

私が行っている「日本における遺伝性疾患」という研究によって、帰国後、将来的には、ここで遺伝性疾患診断のために使用されている方法をサハ共和国(ヤクーチア)の遺伝医学相談の実践に導入することができるようになると思います。

日本では8月の酷暑と蒸暑さからはじまり、9、10月の台風、そして10月23日の新潟県大地震と、あらゆる自然現象を見、身をもって体験することができました。

もちろん、外国に住めば、いろいろな困難にも出会うものです。多くは言葉を知らないことに関係しています。でも、私は、店でも、バスでも、職場でも、どんなところでも、とても親切でやさしい日本人に出会って、その人たちがバス停を教えてくれたり、食べ物のメニューや洋服等を選んだりするのを手伝ってくれたりしています。

私は日露青年交流センターに日本で研究を行う機会を与えていただき、また、日本語や日本の生活習慣を知る機会を与えていただいたことに感謝したいと思います。

(原文はロシア語)